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= 五十嵐 聖也 =
自衛隊研修の報告書
今回、自衛隊研修で陸上自衛隊第3師団司令部の駐屯地である、千僧駐屯地に研修に行かせていただいた。私は西宮生まれ、西宮在住であり、伊丹はつねに行き交いする身近な土地である。実際に駐屯地に入ってみると、壁一つ隔てたところに戦車やヘリが散在していた。全くの別の世界であった。
研修前夜、土地や建物だけでなく、自衛隊という組織がどのようなものであるかも想像していた。おそらく、自分が過去に体験してきた中では、部活動に近いであろうと思った。規則正しく、厳しく、日々訓練に励み、己の限界に挑む。そして、国を守る決意を胸に秘めている。きっと、学生の自分とは違う人間であろうと思った。どこかで、その存在を特別視していた。
ところが、実際はそうではなかった。規律を守る、己に厳しい、甘えない。それは想像していた通りであった。しかし、どうだろう。むしろ身近に感じるほどに、普通の方達である。自分の自衛官像が訂正された瞬間だ。自衛隊とは、普通の、われわれと変わらない人たちが、日々厳しい訓練に励み、山を登り、汗と銃声と忍耐に生きる世界なのだ。
私はこの体験を通して、考えた。今一度、国民一人一人が自衛隊について、考え直してみるのはどうだろうかと。今回、私は事務所にお世話になって、研修という機会を与えていただいたおかげで、自衛隊について考え直す機械も、与えてもらった。しかし、誰しもがこういった体験をすることは難しい。
だから、報道がその役割を果たせばいい。報道機関は、われわれを含む戦争を知らない世代に対して、記事や画面を通して、戦争や国防・自衛隊に触れる機会を増やし、それを考えさせることが大事だと思う。なかでも自衛隊の存在については、大々的に報じられることがこの国ではあまり一般的ではない。このテーマは、非常に神経質にならざるをえなく、率先して取り上げられることは例をみない。まるで、国防ということ行為自体が、悪事のようである。それは、そのような意識が戦後日本を、一種のイデオロギーとして覆ってきたためだ。
混迷する国際社会の状況に応じて、日本の国防のありかたも変化の兆しを見せはじめている。今国会も、憲法改正も、それが論議の中心だ。
戦後60年を経て、戦後生まれの首相になり、国民の意識も世代が推移するごと変化している。私自身、貴重な体験を通して、これからの日本の国防について、真剣に考えていきたいと思う。
最後になりましたが、今回の自衛隊研修に携わっていただいた、千僧駐屯地の方々、お世話していただきました事務所の方々に厚く御礼申し上げます。
(同志社大学 工学部 3回生)
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