= 新野 仁美 =

 福祉研修を終えて

 今回の福祉研修で私は高校1年生のときに自らの希望で、ある重度障害者施設にて3日間御世話になったことを思い出した。

 あの時は公共機関などでの健常者の障害者への対応、また障害者に対して偏見をもつ自分自身を見つめなおすために参加させていただいたのであった。はじめ、施設利用者の方に握手さえできなかったことを記憶している。手がでなかった。緊張という言葉では表しにくい何かがあったのだ。

 
私たちは、健常者よりも何倍もピュアな心を持つ人と接触することを無意識に避けているのではないか。この疑問に施設の指導員の先生が答えてくださった言葉が忘れられない。

「人を相手にすることで多くの人が自分の罪深さに悩みます。ある人はあきらめ、ある人はごまかし、ある人は他に満足を探し、努めて忘れようとします。この仕事に就くと朝から晩まで自分の“きたなさ”にうちのめされます。それが嫌で『むつかしいねー』と片付けて去っていく人が多いです。障害者や、いやなことに向かう時、丸裸の自分の心が見えてしまうのが私たちなのです。どうかずっと自分をごまかさずに心を見続けてください。苦しみぬいた人には必ず道は開けます」と。

 障害者にかかわる仕事だけがこの言葉を発揮するところではない。どの世界に生きようともこの理念は共通するであると考える。

 
政策を練るとき、やはり現場を見なければ本当にそれが受給者にとって最良の策なのか、ブレていないか、疑問に思うところがあるであろう。

 
今回の研修では障害者として政治に要望をだせる方がいらっしゃり、机上の空論を避けるためにも、ニーズにあった対応を図るためにも多くの人が現場を訪れて声を聞くという必要性を感じた。


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